カンボジア通信


▲トゥクトゥクの制作現場。カンボジアの場合、トゥクトゥク制作は、まず金属の板や棒、木材を適切な大きさに切りそろえ、各部品を作ることから始まる。できた部品を釘や溶接などで組み立て、ヤスリがけ、塗装を施す。その工程はほぼ完全に手づくりだ。電動ノコギリがうねり、有機溶剤の匂いが充満する制作現場では、大人ばかりではなく子どもも働いていることがある。


遺跡以外のカンボジアを旅する本「トーマダー」の発行人がカンボジア人の生活、プノンペンの町のようす、写真で見るカンボジア、カンボジア人の仕事、カンボジアのニュース、日記などをつづっているブログです。
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2006年02月19日 ◆キリングフィールドへの旅
■トロペアンターソー


▲トロペアンターソーの埋葬穴へ案内する地元の男性
【名称】トロペアンターソー
【所在地】シェムリアプ州プオク郡

「あっちにもうひとつある」
プレイターアエクのキリングフィールドを見終わったあと、案内してくれた男性が言う。そこはトロペアンターソーという場所にあるとのことで、DC-CAMの資料にはその地名は掲載されていない。男性が案内してくれるというのであとについて行く。道はなく田のなかを突き進んで行くためモトでは行けない。案内の男性はモトドップに
「あっちから回っていきなさい」
と告げる。僕は2人の男性の後を追うように乾ききった田のなかを歩いて行った。
プレイターアエクから歩くこと数分、低木の生い茂る場所に出た。2人の男性はそれをかき分けながら奥へ入って行く。彼らの背後には「獣道」のように細い道ができ、そこをたどるように進む。低木には鋭い棘が生えていて、それが体のあちこちに刺さる。それに怯んで立ち止まると、今度は体のあちこちにちくちくとした痛みが走る。
「アリだよ」
男性が言う。痛む部分を見ると、橙色をしたやや大型のアリが鋭い牙を立てて噛み付いていた。アリの牙、低木の棘と戦いながら歩み続けると左手にくぼみが見えた。犠牲者が埋められた穴だ。男性によると20人くらいの人が棒で殴られ、ここで命を落とした。遺骨は見えないがまだ何体分か残っている。
「骨を掘り出して供養をしよう」
案内の男性が言った。
三人で穴を見つめていたところ、反対側から回ってきたモトドップが近所の人と一緒にやって来た。

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2006年02月18日 ◆キリングフィールドへの旅
■プレイターアエク


▲田園の脇にあるプレイターアエクの現場
【名称】プレイターアエク
【所在地】シェムリアプ州プオク郡

バライ郡出身のモトドップ(30歳)とともにシェムリアプの町から国道6号線を進み、プオクの町に入ったところで客待ちをしていたモトドップに聞く。僕がカンボジア語でメモしてきたものを見せたのだが、
「プレイターアエク? 聞いたことないな」
「何郡にあるんだ?」
「年寄りに聞いてみなよ」
といった具合で具体的な場所を知る人がいないばかりか、有力な情報すら得られない。
市場の先、国道6号線をスヴァイシソポンの方へ向かった先にあるお寺で若いお坊さんに訪ねると、大まかな場所を教えてくれる。どうやらプオクの市場の裏側にあるようだ。
市場へ戻り、再び別のモトドップに道を尋ねると、市場の横から延びる道をまっすぐ2キロほど行った先にあるという。教わった通り、左右に路上市場の出る細い道を進むと、途中から赤土の道に出た。この辺り一面は田園地帯で、典型的なカンボジアの田舎の風景が広がる。時折すれ違う自転車やモトに乗った地元の人たちが不思議そうな視線を送ってくる。おそらく外国人が珍しいのだろう。
市場から2キロくらい走ったが案内板などが一切ないため、プレイターアエクが具体的にどのあたりにあるのかがわからない。そこで近くにあった民家を訪ね、訪問目的を告げてから聞いてみる。縁台の上でくつろいでいた2人の男性が
「旧役所の裏にある」
と教えてくれる。旧役所は走ってきた赤土の道の途中にある。教えられたとおり、旧役所へ行ってみる。木造の簡素な造りのこの建物は、訪ねた民家から数十メートルのところにある。裏を探してみるがそれらしきものは見当たらない。周りには樹木がまばらに生えている。
再び民家に戻り、案内を願い出ると引き受けてもらえる。モトドップはモトに乗って先に行き、僕と男性2人はあとから歩いて行く。2人の男性は生まれも育ちもプオク郡でポルポト時代もこの土地で過ごした。
「この辺りは昔、木がたくさん生えていたんだけれど、ほとんど刈り取られてしまったんだよ」
年上の男性(50歳)が教えてくれる。プレイターアエクの「プレイ」とはカンボジア語で「森、林」という意味だが、現在はその地名が示す風景は消えてしまった。
旧役所の裏で待っていたモトドップと4人で旧役所の裏手に広がる田んぼのなかを歩いて行く。2人の男性が場所を確認し合いながら先導してくれる。イネの刈り取りの終わった田を踏みながらずかずかと歩くこと数分、タオルを肩にかけた年上の男性が
「ここだよ」
と言う。目を向けると直径2メートル弱のくぼみがあり、その周りは灌木で囲まれていた。犠牲となった人々が埋められた穴だ。ポルポト時代、何人くらいの人がここで亡くなったのかという質問をぶつけてみた。
「たくさんだよ」
男性は静かに答えた。

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2006年02月17日 ◆キリングフィールドへの旅
■キリングフィールドへの旅

カンボジア人の仕事について何人かのカンボジア人に話を聞き、それを「カンボジア人のお仕事図鑑(以下、「図鑑」とする)」というサイトにまとめているのだが、仕事人たちの人生の過去に耳を傾けると彼らの口から「ポルポト時代」という言葉がしばしば発せられる。
「そのときはポルポト時代で、タケオ州で農作業をしていたよ」
「中学校を卒業したときにポルポト時代が始まってねえ」
「故郷はプレイヴェーン州なんですが、ポルポト時代はポーサット州に移住させられたんです」
この時代、ポルポトと名乗る男を首相(首相に就任したと発表されたのは1976年4月)とする民主カンプチア政権がカンボジアを支配した。民主カンプチア政権の政治について語るのは困難であり、また研究者や著述家が多くの報告をまとめているためこの場では触れないが、同政権下で推定150万人もの人々が粛清、処刑、病死などの理由により命を落とした。
日本で報道されるカンボジアというと、このポルポト時代(またはクメールルージュ)、地雷、貧困、HIV/AIDSといった負の面を切り口としたものがほとんどで、それ以外のカンボジアの日常はほとんど伝わってこない。それに不満を抱き、このブログと「図鑑」のなかでもうひとつのカンボジアを伝えようとしてきた。でも、カンボジアの現在を知ろうとすると、ポルポト時代の闇が音を立てずに静かに忍び寄って来る。
いままでポルポト時代を過去のものとして捉えており、また、すでに述べた日本での状況への反発もあって、この時代の歴史に興味を示そうとしなかった。しかし、同時代を生き抜いた人々の心の中にはポルポト時代の記憶が深く刻み込まれ、現在まで消えることなく残っている。その記憶に目をつぶってしまっては「カンボジアの今」を深く理解することはできないと考えるようになった。
それではポルポト時代とは一体どんな時代だったのか、当時カンボジアの各地では何が起こったのか、人々はどのような環境であの時代を生きなければならなかったのか。自分の目で現場を見て土地の人の声を聞き、それをまとめることで自分なりにポルポト時代を整理してみようと思い、各地に残るキリングフィールドを訪ねる旅に出ることにした。これから「キリングフィールドへの旅」というカテゴリのなかで載せていく写真と文章は、ポルポト時代に悲劇の舞台となった地への旅の記録であると同時に同時代に亡くなった人たちへ贈る鎮魂歌でもある。
なお、キリングフィールドの位置を知るための資料としては、DC-CAM(Documentation Center of Cambodia)のMASTER GENOCIDE SITE DATAを中心に用いた。彼らの勇敢な仕事がなかったらこの旅を始めることはできなかっただろう。この場にて敬意を表する。

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